メラトニン徹底解説:睡眠ホルモンの安全な活用と最新研究

Melatonin

メラトニン(Melatonin)は、人間を含む多くの生物で自然に産生されるホルモンであり、近年では睡眠改善などを目的とした栄養補助食品(サプリメント)として広く利用されています 。夜間に脳の松果体から分泌されるこのホルモンは、生体の概日リズム(体内時計)を調整する重要な役割を果たし、睡眠と覚醒のサイクルを整える効果があります 。本稿では、メラトニンの歴史、生物学的・化学的性質、作用機序、適応症と禁忌、科学的研究の知見、専門家の意見、類似サプリメントとの比較、および各国(特に日本)における規制と法的側面について、最新のデータに基づき詳細に分析します。ポジティブな観点から、メラトニンの有用性に焦点を当てつつ、必要に応じて注意点にも触れます。

1. メラトニンの歴史

メラトニンに関する科学的発見は20世紀中頃に始まりました。1958年、米国イェール大学の皮膚科医アーロン・B・レルナー博士らのグループが、ウシの松果体から抽出した物質がカエルの皮膚の色素を脱色させる強い作用を持つことを発見し、この新しいホルモンを「メラトニン」と命名しました 。この名称は、メラニン色素に作用して皮膚を明るくする性質に由来しています。当時はメラトニンの生理作用は不明でしたが、レルナー博士自身が100mgという高用量を服用する自己実験を行ったところ、強い眠気以外に副作用は認められなかったと報告されています 。

1960年代になると、哺乳類では光と暗闇の周期が生理機能に重要であるものの人間には当てはまらないとの考えもありました。しかし1981年、アルフレッド・ルーイ博士が「夜間に強い光を当てると人間の内因性メラトニン分泌が抑制される」ことを発見し 、これはヒトにおける光と概日リズムの関係を示す画期的な発見となりました。これ以降、**メラトニンはヒトの睡眠-覚醒リズムの調節に関与する「暗黒のホルモン」**として注目され始めます。

1990年代初頭には、メラトニン研究がさらに活発化しました。この時期の研究により、メラトニンが免疫調節や腫瘍増殖の抑制、活性酸素ラジカルの捕捉(抗酸化作用)、カルシウムを介した代謝プロセスへの影響など、多面的な作用を持つことが明らかになってきました 。1993年頃から米国ではメラトニンが睡眠補助サプリメントとして市販され始め、1995年にはウォルター・ピエラポーリらによる著書「メラトニン・ミラクル」が出版されるなど、アンチエイジングホルモンとしても一般の関心を集めました。このように、当初は研究室レベルの関心対象だったメラトニンは、1990年代半ば以降「自然の睡眠薬」として世界的に広く認知されるようになり、現在では世界各国で利用されています。

2. 生物学的および化学的特性

化学構造と性質: メラトニンは化学的にはインドールアミンに分類される有機化合物で、5-メトキシ-N-アセチルトリプタミンという構造を持ちます。分子式はC₁₃H₁₆N₂O₂で、分子量は約232.3です 。白色の結晶性固体で、融点は117℃程度と報告されています 。脂溶性と水溶性の両方の性質(両親媒性)を持つため、生体内で細胞膜や血液脳関門を比較的容易に通過できる点が重要です 。実際、メラトニンは高い膜透過性を示し、その中性形態は脂質にも溶けやすいため、脳内への移行性が高いことが示唆されています 。このため内因性・外因性を問わず、メラトニンは全身の様々な組織に広く分布し、中枢神経系にも速やかに到達します。

生合成: 生体内でのメラトニン合成は、必須アミノ酸であるL-トリプトファンを出発原料とする一連の酵素反応によって行われます。まずトリプトファンがヒドロキシラーゼ酵素により5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)に変換され、次に5-HTPが脱炭酸酵素によって神経伝達物質セロトニン(5-HT)になります 。松果体では夜間になるとセロトニンから**セロトニンN-アセチルトランスフェラーゼ(AANAT)の作用でN-アセチルセロトニンが生成され、続いてヒドロキシインドール-O-メチルトランスフェラーゼ(HIOMT)**によりO-メチル化されてメラトニンが産生されます 。この反応は光によって制御されており、目に入った光刺激が視交叉上核を介して松果体に伝わると、メラトニン合成は急激に抑制されます。一方、暗くなると抑制が解かれて合成が盛んになり、夜間にメラトニン濃度が上昇する仕組みです 。

分泌リズム: ヒトではメラトニン分泌は日中にはごく低く抑えられ、夜間に顕著に増加する強い日内リズムを示します。通常、夜の眠りにつく2時間ほど前から体内メラトニン濃度が上昇し始め、深夜の午前3~4時頃にピークに達します 。メラトニンの夜間分泌開始は睡眠のタイミング(いわゆる「眠気の門限」)に大きく関与し、分泌開始後は眠気が増強されます 。高齢者や一部疾患ではメラトニン分泌量が減少することが知られており、それが睡眠障害の一因となる可能性があります 。例えば加齢によりメラトニン産生が思春期以降徐々に低下し、高齢になると顕著に減少するため、年配者で睡眠障害が増える一因と考えられています 。

薬物動態: 外因性に摂取されたメラトニン(サプリメントや医薬品)は経口投与の場合、小腸から比較的速やかに吸収されます。ただし経口生物学的利用能(吸収率)は製剤や個人差によって幅があり、文献によれば1〜74%と非常にばらつきがあります 。血中に入ったメラトニンの約60%以上はアルブミンに結合して運搬され 、主に肝臓で代謝されます。代謝は主にチトクロームP450(特にCYP1A2、部分的にCYP2C19)によって行われ、6-ヒドロキシメラトニンへの水酸化とそれに続く硫酸抱合やグルクロン酸抱合を経て、水溶性の6-スルファトキシメラトニンとして尿中に排泄されます 。消失半減期は経口即放性製剤では20~50分程度と非常に短く 、血中濃度は投与後数時間以内に低下します。徐放製剤(徐放性メラトニン製剤、2mgなど)の場合は3.5〜4時間程度まで半減期が延長するとの報告があります 。なお、肝障害のある人ではメラトニンのクリアランスが低下し血中濃度が上がる可能性があるため注意が必要です 。

3. メラトニンの作用機序

睡眠・概日リズムへの作用: メラトニンはしばしば「睡眠ホルモン」と呼ばれますが、厳密には**「暗黒のホルモン」としての役割が強調されます 。すなわちメラトニン自体が強力な催眠剤のように睡眠を直接誘発するというより、「体内に夜が来た」ことを全身に伝える内因性シグナルとして働き、その結果として睡眠を促進する仕組みです 。視床下部の視交叉上核(SCN)は概日時計の中枢ですが、日中は網膜に入る光によりSCNが活性化し松果体でのメラトニン分泌を抑制することで覚醒状態を維持します。一方、夜間に暗くなると光刺激が減少し、SCNからの抑制が解けてメラトニン分泌が増加します。上昇したメラトニンは再びSCNに作用してその活動を抑制し、体温や血圧を低下させつつ睡眠準備状態へと身体を移行させます 。このように光(昼)メラトニン(夜)**がお互いにフィードバックすることで、24時間周期の睡眠-覚醒リズムが安定化・同期化されているのです。

メラトニンの生理作用は主にメラトニン受容体を介して発揮されます。ヒトではメラトニン受容体として**MT1(**正式名称: メラトニン受容体1MT2(メラトニン受容体2の2種類の受容体サブタイプが同定されており、いずれもGタンパク質共役型受容体(GPCR)です 。MT1およびMT2受容体はヒトでは脳の視交叉上核に特に高密度に存在するほか、脳内の他の部位や全身の様々な組織にも発現しています 。メラトニンはこれら受容体のフルアゴニスト(完全作動薬)として作用し、細胞内シグナル伝達経路を活性化または抑制することで生理効果を引き起こします 。例えば、視交叉上核のMT1受容体にメラトニンが結合すると、この核のニューロンの発火活動が抑制され、夜間における覚醒維持信号が弱まります。その結果、睡眠の誘発(入眠)が促されます。一方、MT2受容体は概日時計の調整(位相のシフト)に関与するとされ、メラトニンがMT2を刺激すると概日リズムの位相(タイミング)がシフトすることが知られています 。実際、「メラトニンの効果で体内時計の位相が変化するのは主にMT2受容体を介した作用であり、一方でMT1受容体は睡眠開始(入眠)により関与する」との知見が報告されています 。このMT1/MT2受容体の異なる役割分担によって、メラトニンは「睡眠の誘導」「体内時計の調節」**という二面的な作用を持つと考えられています

Chronobiotic(概日時計調節)とHypnotic(睡眠促進)作用: 上記の通り、メラトニンは概日リズムの位相を調整する**「クロノバイオティック作用」と、睡眠そのものを促す「睡眠促進作用」の双方を有しています 。これら二つの作用は相互に関連しつつも区別され、例えば外因性メラトニンを投与するタイミングによりその効果が異なります**。臨床研究では、朝(本来の覚醒期)にメラトニンを服用すると概日リズム相位が遅延し、夜の就寝時刻が遅くなることが示されています。一方、夕方〜夜間(本来のメラトニン分泌期)に服用すると概日リズム相位が前進し、就寝・起床時刻が早まることがわかっています 。この性質を利用して、例えば東方向へ時差の大きい旅行をした際の時差ぼけ(Jet lag)の調整には目的地の夜に合わせてメラトニンを服用する、といった応用が行われます(詳細は後述) 。また、昼夜逆転している睡眠相後退症候群などでは、夜の適切な時間にメラトニンを投与して睡眠相を前進させる治療法が用いられています。

メラトニン服用による睡眠促進効果自体は穏やかなものですが、体温低下作用鎮静作用も確認されています。メラトニンは投与後に深部体温をわずかに下げる作用があり、これも入眠を助ける一因と考えられます 。加えて、抗不安作用・鎮静作用も報告されており、手術前の不安軽減のためにメラトニンを用いる試みもあります。これらの機序は完全には解明されていませんが、GABA作動系など他の神経系との相互作用も示唆されています。

抗酸化作用: メラトニンはホルモンとしての作用だけでなく、強力なフリーラジカルスカベンジャー(抗酸化物質)として細胞を酸化的損傷から守る働きも持っています 。特に細胞内のミトコンドリアで産生されるメラトニンは、初期の地球環境で生物が酸素毒性に対抗するために進化させた古くからの防御機構との考えもあります 。メラトニンは一重項酸素やヒドロキシルラジカルなどの活性酸素種と直接反応して無害化するほか、抗酸化酵素(スーパーオキシドジスムターゼやグルタチオンペルオキシダーゼ)の発現を高める作用もあります 。この抗酸化特性は、神経変性疾患や加齢に伴う障害からの保護作用につながる可能性があるため、メラトニンの抗老化や神経保護効果に関する研究が進められています。

以上のように、メラトニンの作用機序は多岐にわたり、睡眠と覚醒リズムの調節を中心としつつ、広範な生理機能に影響を及ぼします。それゆえ、「夜の生体内リズムのオーケストラ指揮者」とも呼べる存在であり、その適切な分泌・投与は健康な睡眠と全身の恒常性維持に寄与します。

4. メラトニンの適応症と禁忌

適応症(使用が推奨される主なケース)

メラトニンは、その生理作用から主に睡眠障害や概日リズムの乱れに関連する症状・疾患に対して有用とされています。近年の研究と臨床経験に基づく主な適応例を以下に挙げます。

  • 時差ぼけ(Jet lag): 長距離の東西移動による時差ぼけの症状緩和にメラトニンが有効であるというエビデンスがあります。旅行先の現地時間に合わせて就寝前にメラトニンを短期的に服用することで、日中の眠気や集中力低下などの症状を軽減し、回復を1~1.5日早めることができます 。実際、0.5~5mgのメラトニンを目的地での就寝時間に2~5日間服用すると時差ぼけの影響を軽減できるとの報告があります 。
  • 睡眠開始困難・不眠症(Insomnia): 入眠に時間がかかるタイプの不眠症に対して、メラトニンは入眠潜時をわずかに短縮する効果があります 。メタ解析によれば、メラトニン投与群はプラセボ群に比べ平均して約7分入眠が早まり、総睡眠時間も約8分延長したとされています 。効果は穏やかですが副作用が少ないため、高齢者など内因性メラトニン分泌が低下した人では恩恵が大きい可能性があります 。なお、重度の慢性不眠症に対しては効果が限定的であり、睡眠衛生の改善などと併用することが推奨されます。
  • 概日リズム睡眠障害(睡眠位相の異常): 睡眠相後退症候群(極端な夜型で就寝・起床時刻が遅れる)や非24時間睡眠覚醒症候群(特に全盲の人に見られる体内時計が24時間より長いため日ごとに睡眠相が後退する障害)には、メラトニンが有効とされています 。睡眠相後退症では毎晩決まった時刻にメラトニンを服用することで入眠時刻を前進させることができ、入眠潜時の短縮と睡眠開始の前進効果が確認されています 。全盲の人の概日リズム障害でも、メラトニン補充により睡眠–覚醒リズムを24時間周期に同調させる効果が示されています 。こうした用途でメラトニンは**「体内時計の再同期薬」**として機能し、臨床的にも用いられています。
  • 交代勤務睡眠障害: 夜勤や交代勤務により昼夜が逆転する人の睡眠障害に対し、メラトニンが日中の睡眠の質や時間を改善できるかは研究によって結果がまちまちです。現在のところエビデンスは明確でなく 、個人差も大きいとされています。ただし夜勤明けの一時的な睡眠導入に用いることはあり、効果を感じる人もいます。光療法など他の介入と組み合わせることで有用性が高まる可能性があります。
  • 小児の発達障害に伴う睡眠障害: 自閉症スペクトラム障害(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)の児童では入眠困難や睡眠リズム障害が高頻度で見られます。これらに対しメラトニン補充が有効であることを示す小規模研究が増えています。例えば、ASD児の不眠にメラトニンを投与した試験では睡眠潜時の短縮や夜間覚醒の減少が認められ 、全般的な睡眠改善効果が報告されています。またADHD児においても、メラトニンが寝付きの改善に役立ったとの報告があります 。米国の小児神経学会のガイドラインでも、行動療法で効果不十分な場合に小児へのメラトニン使用を提案しています 。ただし、小児への長期投与の安全性については十分なエビデンスがなく、内分泌への影響など注意が必要なため必ず医師の指導下で用いることが推奨されます 。
  • アルツハイマー病など認知症における睡眠障害: アルツハイマー型認知症の患者では、夕方から夜にかけての混乱や不穏(いわゆるサンドダウン症候群)が問題となることがあります。メラトニン投与により、認知症患者の夕刻の興奮や混乱を軽減できる可能性が示唆されています 。ただし認知機能自体の改善効果は認められておらず、あくまで周辺症状の緩和目的で限定的に使われます。
  • その他の可能性のある適応: 上記以外にも、メラトニンは様々な領域で研究・応用が試みられています。例えば、慢性疼痛や線維筋痛症に対する疼痛緩和作用、術前の不安軽減、耳鳴り(耳鳴)症状の改善、片頭痛や群発頭痛の予防などです。特に片頭痛に関しては、就寝前の3mgメラトニン投与を3ヶ月続けたオープンラベル試験で約8割の患者で頭痛発作が半減したとの報告があります 。群発頭痛でも、夜間10mg以上の高用量メラトニン投与が発作予防に有効だったとする研究があります 。さらに、更年期の女性で夜間のホットフラッシュや不眠に悩む場合にメラトニンが補助的に用いられることもあります 。これらの用途は確立された適応とは言えませんが、研究が進められており将来的な可能性として注目されています。

禁忌・注意すべきケース

メラトニンは比較的安全性の高いサプリメントとされていますが、特定の状況や体質の方には使用が推奨されない場合があります。以下に禁忌(使用を避けるべき場合)や注意事項をまとめます。

  • 妊娠中・授乳中の女性: 妊娠中や授乳中のメラトニン使用は安全性が確立していません。メラトニンは生殖ホルモンの分泌に何らかの影響を及ぼす可能性があり、妊娠継続に必要なホルモンバランスを乱す懸念があります 。動物実験では胎児への影響が指摘される報告もあるため、妊娠中・授乳中の方はメラトニンを自己判断で使用すべきではありません。医師から特別に指示された場合を除き避けてください。
  • 自己免疫疾患のある人: メラトニンには免疫調節作用があり、免疫系を活性化する方向に働くことが知られています。そのため、自己免疫疾患(リウマチ、全身性エリテマトーデス、甲状腺炎など)を持つ方がメラトニンを摂取すると、免疫反応が過度に刺激され疾患症状が悪化する恐れがあります 。専門家は自己免疫疾患の患者にはメラトニン使用を勧めない立場をとっています 。
  • 小児及び思春期の健常児: 小児や思春期の子どもへの長期間のメラトニン使用は、成長や思春期発来への影響が不明なため慎重な判断が必要です。発達障害など特別な事情がある場合を除き、健常な子どもの一時的な睡眠問題に安易にメラトニンを用いるべきではないとの意見があります 。特に乳幼児に対しては、安全性が確立していないため使用は避けるべきです 。
  • 重度の認知症患者: メラトニンは高齢者には有用な場合もありますが、アルツハイマー病など重度の認知症で夜間の混乱が強い患者に投与すると、かえって認知の混乱を助長する可能性があります 。認知症患者では体内時計機構が乱れているケースも多く、慎重に投与すべきです。このため中等度以上の認知症で不穏症状のある方には専門医の判断なしにメラトニンを与えない方が良いでしょう。
  • 肝疾患を有する人: 前述のようにメラトニンは主に肝臓で代謝されます。肝機能障害があるとメラトニンの分解が遅れ、体内に蓄積して想定以上の作用や副作用をもたらす可能性があります 。重度の肝疾患患者ではメラトニンは禁忌とされる場合もあります 。
  • 相互作用に注意が必要な薬剤を服用中の人: メラトニン自体は比較的副作用が少ないものの、他の薬との飲み合わせによっては問題が生じます。以下のような薬剤を服用中の方は併用に注意が必要です。
  • 抗凝固薬・抗血小板薬(血液サラサラ薬): ワルファリンやアスピリンなど、血液凝固を抑える薬とメラトニンを併用すると、出血傾向が高まる可能性があります 。メラトニンが血小板凝集を抑制するとの報告もあり、併用は主治医に相談すべきです。
  • 抗てんかん薬: 小児の神経疾患での報告ですが、メラトニンが一部のてんかん治療薬の効果を弱め、発作リスクを増やす可能性があります 。特に神経系に作用する薬との併用時は慎重な観察が求められます。
  • 降圧薬: メラトニンには軽度の血圧降下作用がありますが、降圧薬を服用中の人ではまれに血圧コントロールに影響を及ぼすことがあります 。高血圧治療中の方は医師に相談の上で使用してください。
  • 中枢神経抑制薬(睡眠薬・鎮静薬): ベンゾジアゼピン系睡眠薬やオピオイド鎮痛薬、抗ヒスタミン薬など、中枢神経を抑制する薬と併用すると過度の鎮静が起こる恐れがあります 。アルコールも同様に併用は避けるべきです。
  • 糖尿病治療薬: 一部報告では、メラトニンがインスリン分泌や血糖調節に影響しうることが示されています 。糖尿病で経口血糖降下薬やインスリンを使っている人は、メラトニン開始前に医師と相談してください。
  • 避妊薬・ホルモン補充療法: エストロゲンを含む経口避妊薬やホルモン補充療法を行っている場合、併用によりメラトニン濃度が上昇し作用が強まる可能性があります 。女性ホルモンとの相互作用に関して不明な点も多く、必要時は専門医の管理下で投与します。
  • CYP1A2/2C19により代謝される薬: メラトニンはCYP1A2と2C19で代謝されるため、これらの酵素を強く阻害・誘導する薬剤(例えばフルボキサミンはCYP1A2を阻害しメラトニン濃度を著増させます )との併用には注意が必要です。
  • 車両運転・機械操作: メラトニン服用後は眠気や注意力低下が起こり得るため、自動車の運転や重機の操作は控えるべきです 。特に服用後5時間以内は避けるよう勧められています 。

以上の禁忌・注意事項をまとめると、**「メラトニンは基本的に安全だが、特定の人々(妊婦、自己免疫疾患患者など)には避ける、また特定の薬と一緒に使うときは医師に相談する」**というのが重要なポイントです 。適切に使用すれば依存性もなく安全とされていますが 、念のため自分の健康状態や薬剤状況を踏まえて専門家のアドバイスを受けることが推奨されます。

5. 科学的研究とその結論

メラトニンはその発見以来、多岐にわたる領域で研究が行われてきました。睡眠・概日リズムへの効果に関する研究は特に盛んであり、近年では抗酸化作用や抗老化作用、疾患予防などへの応用可能性も探られています。本節では、主要な科学的研究の成果とその結論について概観します。

睡眠および概日リズムに関する研究

メラトニンの中心的な応用領域である「睡眠改善」については、数多くの臨床試験やメタ分析が行われています。不眠症に対する効果について2013年に発表されたメタアナリシスでは、メラトニンはプラセボに比べて睡眠潜時(寝付くまでの時間)を平均7.06分短縮し、総睡眠時間を約8.25分延長するという結果が示されました 。また睡眠の質も統計的に有意に向上したとのことで、著者らは「効果は控えめだが、副作用プロファイルが良好であるため不眠症治療の一助となり得る」と結論付けています 。このように、メラトニン単独の効果量はベンゾジアゼピン系睡眠薬などと比べると小さいものの、継続使用によって効果が減弱しないことや 、習慣性や依存性がないこと は大きな利点といえます。

時差ぼけ(Jet lag)に対する研究も多数存在し、概ね肯定的な結果が得られています。コクランレビューなどの総説によれば、適切なタイミングでのメラトニン投与は時差ぼけの主症状である睡眠障害や日中の倦怠感を軽減し、回復を早めるエビデンスがあるとされています 。具体的には、目的地到着日の夜から数日間、就寝前に0.5~5mgのメラトニンを服用することで、時差ぼけによる睡眠位相の乱れが整いやすくなることが示唆されています 。5mgと0.5mgで大差はないものの、5mgの方が入眠が速やかになる傾向があったとの報告もあります 。これらを踏まえ、現在では長距離渡航者に対してメラトニンを活用することが一般にも広まりつつあります。

小児・発達障害領域の研究: 自閉症スペクトラム障害(ASD)児の睡眠障害に対するメラトニンの有効性を検証したランダム化比較試験では、メラトニン投与群で入眠までの時間が有意に短縮し、夜間覚醒も減少するなど、睡眠パターンの改善が報告されました 。また、その後の追跡研究でもメラトニンによりASD児の睡眠障害が緩和されるとともに、子どもの日中の行動や親のストレスが改善したとの知見もあります 。ADHD児に対する研究でも似た傾向があり、総じて発達障害児の睡眠管理においてメラトニンは有益なツールとなり得るとの意見が専門家から出されています 。こうした知見を受けて、米国では小児科領域でもメラトニン処方の機会が増えており、保護者向けガイドラインでも適切な使用方法が紹介されています 。

メラトニンの長期使用: メラトニンは慢性的な不眠に対して長期間使用できるかという点も研究されています。一般に、大半の臨床試験は6ヶ月程度までの継続使用を対象としていますが、その範囲では安全性に大きな問題は出ていません 。一部の研究では2年間連日使用しても安全であったとの報告もあります 。効果に関しても、前述のメタ解析が示すように**継続して使っても効果が消失しない(耐性がつかない)**ことが示唆されています 。もっとも、専門家の間では「効果がなければ数週間で中止し、効果があっても一旦1~2ヶ月で休薬してみる」ことが推奨されています 。これは習慣的な使用を避ける意味と、根本原因の評価のためです。

睡眠以外の健康領域に関する研究

メラトニンは睡眠以外にも多彩な生理作用を持つため、様々な疾患や健康分野での研究が進んでいます。その中でも注目度の高いトピックと主な研究結論を以下にまとめます。

  • 抗酸化作用・抗老化: メラトニンの抗酸化作用に着目した研究では、メラトニンが強力なフリーラジカル消去剤として細胞損傷を軽減しうることが示されています 。老化過程に伴う酸化ストレスの増大に対し、メラトニン補充が抗老化効果をもたらす可能性が議論されています。一部の動物研究で、メラトニン投与群の方が対照群より寿命が延びたとの報告もあり、今後のエビデンス蓄積が期待されます。またヒトでの研究として、メラトニンが加齢関連疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病など)の予防や進行抑制に寄与するか調べる臨床研究も増えています。例えば、メラトニンがアルツハイマー病の脳内で蓄積するアミロイドβタンパクの凝集を阻害するとの実験結果があり 、アルツハイマー患者の脳ではメラトニン濃度が著しく低下していることも確認されています 。これらから「メラトニン補充が神経変性の進行を遅らせるのではないか」という仮説が生まれ、臨床試験が行われています。
  • 発がん抑制作用(抗腫瘍効果): メラトニンの抗がん作用を探る研究も数多く存在します。基礎研究では、メラトニンがp53などの腫瘍抑制遺伝子を活性化し、細胞増殖サイクルを制御することで腫瘍の成長を抑制する可能性が示唆されています 。またメラトニンはエストロゲンやアンドロゲンといった増殖因子的ホルモンを調節する作用も持ち、ホルモン感受性の乳がん・前立腺がんなどで増殖抑制効果を示すとの研究があります 。免疫系を賦活してサイトカイン産生を高める働きも報告されており、免疫を介した腫瘍監視機構の強化が期待されています 。実際、小規模ながら進行がん患者に高容量メラトニンを併用した臨床研究では、生存期間の延長や生活の質の改善が報告されたケースもあります。例えば、ステージIVのがん患者においてメラトニン併用群が対照群より1年生存率が高かったとの結果もあり、補完代替医療として注目されています。ただし大規模試験は不足しており、現時点では標準治療には組み込まれていません。
  • 骨・運動器への作用: メラトニン受容体は骨芽細胞(骨形成細胞)にも存在し、骨代謝に影響を与えていることが示されています 。試験管内の実験でメラトニンが骨芽細胞の分化を促進し骨形成を助けるという報告や、老齢動物モデルでメラトニン投与により骨密度減少が緩和されたとのデータがあります。ヒトでも、骨粗鬆症の予防・治療への応用を目指した研究が進みつつあり、メラトニンとカルシウム・ビタミンDの併用が高齢女性の骨密度に有益か調べる臨床試験などが行われています。まだ初期段階ながら、将来的に**「睡眠も改善しつつ骨も丈夫にするホルモン補充療法」**として期待されます。
  • 代謝・肥満・糖尿病: メラトニンはエネルギー代謝や体重調節にも関与していると考えられています。動物研究では、メラトニンが脂肪組織での抗酸化・抗炎症作用を発揮し、脂質およびグルコース代謝を改善する結果が報告されています 。例えば、メラトニン投与により肥満ラットの体重増加が抑制されたり、インスリン抵抗性が改善したりする効果が観察されました 。ヒトを対象とした研究では、夜勤労働者でのメラトニン分泌低下が糖代謝異常につながるとの疫学的指摘があり、メラトニン補充がメタボリックシンドローム予防に役立つかどうか検証が続けられています。ただし、代謝疾患領域では生活習慣の影響が大きいため、メラトニン単独効果の検出は難しく、今後の研究に委ねられます。
  • 心血管系への作用: メラトニンには軽度ながら降圧作用があり、夜間血圧を低下させ日内リズムを整える効果があります 。高血圧モデル動物での研究では、メラトニン投与が血圧を下げ心拍数を安定化させたという結果が出ています 。また強い抗酸化作用により、動脈硬化の進行を抑える可能性も指摘されています。ヒト臨床でも、夜間高血圧の患者に徐放性メラトニンを投与すると夜間血圧が有意に低下し日中との落差(ディップ)が正常化したとの報告があります。一方で、心血管イベント(心筋梗塞や脳卒中)の予防につながるかどうかは現時点で明らかではなく、大規模長期試験の結果が待たれます。
  • 神経変性疾患・脳保護: 前述の抗酸化・抗炎症作用から、メラトニンは脳神経の保護剤としても研究されています。特にミトコンドリア機能維持やアポトーシス(細胞死)調節により、アルツハイマー病やパーキンソン病の進行抑制が期待されています 。動物モデルでは、メラトニン投与が脳内での炎症性サイトカインを減少させ、ミトコンドリアDNAの損傷を軽減するなどの効果が確認されています 。ヒト臨床では、進行中のアルツハイマー病患者にメラトニンを投与して認知機能への影響を検討する試験が行われましたが、明確な有効性は示されませんでした。しかし、睡眠の改善や周辺症状の緩和といった付随的効果は観察されており、補助療法としての価値が模索されています。また、急性期脳卒中のモデル動物ではメラトニンが血液脳関門障害を抑え出血性転換を減少させたとの報告もあり 、脳卒中治療への応用可能性も議論されています。
  • 精神疾患への応用: メラトニンそのものは抗不安薬や抗うつ薬としては用いられていませんが、メラトニン受容体に作用する派生薬が開発されています。例えばラメルテオンはMT1/MT2受容体のアゴニストで、不眠症治療薬として米国FDAに承認されています (日本でも「ロゼレム」として処方可能)。またアゴメラチンはメラトニン受容体アゴニストでありながらセロトニン2C受容体拮抗作用も併せ持つ薬剤で、欧州で抗うつ薬として承認されています 。これらの事実は、メラトニン系がうつ病や不安障害とも関連する脳内時計や神経伝達調節に関与していることを示唆します。実際、季節性情動障害(冬季うつ)の患者ではメラトニン分泌リズムの乱れが報告されており、適切なタイミングでのメラトニン投与や高照度光療法が症状改善に有効です。さらに、双極性障害のそう状態に対する補助療法としてメラトニンを併用したケース報告もあります。ただし、メラトニン単独で精神疾患を治療するものではなく、研究段階です。
  • 疼痛緩和: メラトニンには意外にも鎮痛補助効果があるとのエビデンスが出つつあります。メラトニンが痛覚伝導路に作用して痛みの閾値を上げ、抗炎症作用も相まって慢性疼痛の症状を和らげる可能性が示されています 。例えば線維筋痛症患者に対する臨床研究では、就寝前のメラトニン投与が疼痛スコアの改善に寄与したとの報告があります。また片頭痛発作の予防については前述した通り一定の成果が出ています。今後、メラトニンを鎮痛補助薬として使うコンセプト(例えばオピオイドの減量目的で併用するなど)も探求されるでしょう。
  • 生殖・不妊治療: メラトニンは生殖機能にも関与し、特に卵巣における卵子の成熟や質の向上に役立つ可能性が注目されています。卵巣の卵胞液中には高濃度のメラトニンが存在し、その抗酸化作用で卵子を酸化ストレスから守っていると考えられます。体外受精(IVF)患者を対象とした研究では、メラトニン補充により採卵できた卵子の成熟率や胚の質が向上したとの結果が報告されました 。例えば、夜に3mgのメラトニンを数週間服用した不妊症女性では、高品質胚の獲得率が上昇したとの報告があります 。さらに妊娠高血圧症候群や子癇前症など、妊娠中の合併症リスク低減にもメラトニンが関与しうるとの研究もあります 。このように生殖分野でもメラトニンへの期待が高まっており、“chronobiological treatment”の一環としての位置づけが検討されています。

以上、メラトニンの広範な研究分野を見てきました。総じて言えることは、メラトニンは睡眠と体内時計の調整役という本来の機能に加え、抗酸化・抗炎症をはじめ多面的な生理活性を持つため、全身の健康維持や様々な疾患の予防・治療に応用可能性を秘めているということです 。もっとも、多くの領域ではまだ研究段階であり、ヒトでの十分なエビデンスが確立しているわけではありません。しかし、睡眠障害の改善や時差ぼけ対策といった実用面では既に有効性が認められており、その安全性も高いことから、今後もメラトニンに関する科学的関心と研究は続いていくでしょう。

6. 専門家の意見

メラトニンに関しては、医師や研究者、栄養士など専門家から様々な見解が示されています。ここでは、エキスパートによる評価や推奨コメントを紹介し、総合的な見解をまとめます。

睡眠医学の専門家の見解: ジョンズ・ホプキンス大学の睡眠専門家で臨床心理士のルイス・ブエナヴァー博士は、「身体は夜になると自然にメラトニンを作り出し、睡眠そのものを誘発するわけではないが、静かな覚醒状態へと脳を移行させ睡眠を促進する」と説明しています 。つまりメラトニンは眠りにつくための準備状態を作るホルモンだということです。またブエナヴァー博士は「ほとんどの人は体内で十分なメラトニンを作っているが、もし数日以上にわたり不眠が続く場合や、時差ぼけの解消、あるいは夜型から朝型への生活リズム変更が必要な場合に、短期的にサプリメントを試すのもよい」と述べています 。特に就寝の2時間前に1~3mg程度の低用量を服用する「Less is more(少ない方が効果的)」との助言をしています 。彼は自身も夜にパソコン作業をするときはブルーライトカットフィルターを用いるなど、メラトニンの作用を最大限に活かす環境作りを心掛けていると述べています 。総じて、睡眠専門医はメラトニンを睡眠習慣改善の補助として位置づけ、正しいタイミング・適切な用量で使えば安全かつ有用であるという立場です 。

一方、アメリカ睡眠医学会(AASM)などのガイドラインでは、不眠症治療の第一選択は睡眠衛生の改善や認知行動療法であり、メラトニンなどサプリメントは補助的扱いです。ただ、AASMによればメラトニンは数少ない推奨可能な市販睡眠補助剤であり、適切に用いれば安全なファーストライン介入となり得るとしています 。実際、メラトニンは市販の睡眠改善サプリとして最も研究が蓄積されており、バレリアン(鎮静ハーブ)などに比べエビデンスが豊富だとする専門家もいます 。例えば米国の睡眠専門医マイケル・ブレウス博士は、「メラトニンは誰にでも効く万能薬ではなく、正しい用法で使わなければ効果が出ない」としつつも、「適切に使えば概して安全で(他の睡眠薬のような)依存形成もなく、医師が不眠症患者に勧めることのできる数少ないOTCサプリだ」と述べています 。ブレウス博士はまた「メラトニンは万全ではなく、万人に適するものでもない」と注意喚起し 、あくまで根本的には規則正しい生活・光環境の調整(睡眠衛生)を優先すべきとの姿勢を示しています 。

小児科・発達障害の専門家: 自閉症児の睡眠研究で知られるベス・マロー博士(米バンダービルト大学)は、ASD児に対するメラトニン徐放製剤(PedPRM)の有効性に言及し「ヨーロッパでは小児自閉症の不眠治療薬としてメラトニンが正式に承認された」と紹介しています 。米国では未承認ながらも多くの医師がASD児にメラトニンを処方しており、保護者のアンケートでも高い満足度が報告されています 。専門家は、「子どもの睡眠障害に対してメラトニンは習慣性も無く有用だが、まずは睡眠習慣の改善を試み、それでもだめなら医師と相談の上で短期的に使う」という姿勢を推奨しています 。日本でも、発達障害児の睡眠障害に対し医師の処方でメラトニン製剤(輸入薬)を使用するケースが増えており、専門家の間でエビデンス構築が進められています。

栄養学・統合医療の専門家: 栄養士やオーソモレキュラー医学(分子整合栄養医学)の分野でもメラトニンは注目されています。統合医療の専門家は、メラトニンが加齢に伴い減少することに着目し、「45歳以上になったらメラトニンのサプリメントを検討する価値がある」と提案することがあります 。カナダのホリスティック栄養士Meg De Jong氏なども「中高年の睡眠の質低下にはメラトニン減少が関与するため、必要に応じ補充も一策」と述べています。一方で、生体リズムを食事で整える観点からは「朝にしっかり太陽光を浴びて体内時計をリセットし、トリプトファンを含む食品(乳製品やバナナなど)をバランス良く摂ることでもメラトニン産生をサポートできる」といったアドバイスもあります。また、栄養学の観点ではメラトニンを多く含む食品(例えばタルトチェリーやクルミには微量ながらメラトニンが含有)に注目し、それらを摂取することで穏やかに睡眠を改善できる可能性が示唆されています。もっとも食品から摂れるメラトニン量はサプリに比べ桁違いに少ないため、明確な効果を得るにはサプリメント形態が現実的とされています。

総合すると、**専門家のコンセンサスは「メラトニンは正しく使えば安全で役立つが、万能ではない」**という点にあります。具体的には:

  • 安全性: 短期間の使用であれば副作用は軽微かつ頻度もプラセボと差がない程度であり 、長期使用しても依存や離脱症状がない 。したがって医師も推奨しやすい補助策である 。
  • 有効性: 時差ぼけや睡眠相後退など特定の状況ではかなり有効。入眠困難にもある程度有効だが、睡眠維持効果は限定的 。睡眠薬ほどの強さはないが自然な眠りを促す。
  • 使用法: 低用量から始め、就寝1~2時間前に服用する。数週間試して効果なければ中止する 。効果あれば1~2ヶ月使用し、その後休薬して様子を見る 。
  • 注意: 前述の禁忌事項を守り、特に妊娠中や自己免疫疾患では避ける。子供は専門医と相談の上で。
  • 補完: メラトニンだけに頼らず、光環境の調整(夜の照明を落とす、朝日を浴びる)や睡眠衛生の改善と組み合わせる 。

このような観点から、医師・研究者の多くはメラトニンを**「適切に用いれば利益がリスクを上回る有用なツール」**とみなしています。一部にはメラトニン含有の市販品の品質(含有量のばらつきなど)に懸念を示す声もありますが 、信頼できる製品を選ぶことで対処可能です。総じて、専門家の意見は概ねポジティブであり、メラトニンは現代人の睡眠や健康管理において重要な役割を果たし得るサプリメントと評価されています。

7. 類似の他のサプリメントとの比較分析

メラトニンは睡眠改善を目的としたサプリメントの中でも独特の位置を占めています。他の天然由来の睡眠サポート成分(いわゆるナチュラル・スリープエイド)と比較し、その違いと共通点を見てみましょう。

  • バレリアン(セイヨウカノコソウ): バレリアンは古くから不眠や不安の民間療法として用いられてきたハーブで、その根に鎮静作用があります。作用機序は脳内のGABA作動性神経を活性化して鎮静・催眠効果をもたらすと考えられています。一部の研究レビューでは、バレリアンが睡眠の質を改善し、副作用も特になく安全であると報告されています 。特に軽度の不眠に対して就寝前に継続的に服用すると効果が出やすいとの指摘もあります 。しかしながら、米国NIH(国立衛生研究所)は「バレリアンの有効性を支持する証拠はまだ決定的ではない」としており、研究によって結果がまちまちであるため更なる検証が必要としています 。一方メラトニンは、バレリアンに比べ研究数が多くエビデンスが豊富で、特に時差ぼけや概日リズムの調整という点ではバレリアンには期待できない効果を持ちます。総合的に見ると、バレリアンは不安の軽減や睡眠の質向上に穏やかに作用するハーブ、メラトニンは体内時計を直接調整して睡眠タイミングに作用するホルモンと位置づけられ、両者の作用は異なります。なお、副作用面ではどちらも比較的安全ですが、バレリアンは一部で心拍不整などの副作用リスクも指摘されており 、長期大量摂取は避けるべきとされます。
  • カモミール: カモミール(カミツレ)もリラックス効果のあるハーブティーとして知られ、不眠によく用いられます。主要成分アピゲニンが脳のベンゾジアゼピン受容体に結合し弱い鎮静作用を示すと言われます。カモミールティーを就寝前に飲む習慣が睡眠改善につながるとの民間知見はありますが、臨床試験でのエビデンスは限定的です。ただし、不安の軽減作用はある程度確認されており、就寝前の儀式としてのリラックス効果も含め有益でしょう。メラトニンとは作用経路が異なり、カモミールは入眠儀式の一環として心理的・生理的リラックスを誘導するのに対し、メラトニンは内因性ホルモンとして生物学的に睡眠相を調節する役割です。両者は併用も可能で、実際市販の睡眠サプリにはカモミールエキス+メラトニンといった組み合わせも見られます。副作用はカモミールもほぼなく、安全度は高いです。
  • マグネシウム: マグネシウムはミネラル(電解質)であり、筋肉の弛緩や神経伝達の安定化に関与することから、睡眠補助効果があるとされます。研究によれば、マグネシウム血中濃度は睡眠の質と量に影響を及ぼすことが示唆されており 、高齢者などで不足すると不眠の一因となる可能性があります。実際、マグネシウムを積極的に補給することで高齢者の不眠症状が改善したとの系統的レビュー・メタ分析も報告されています 。ただし、通常の食事で十分マグネシウムを摂取している人ではサプリによる顕著な効果は期待しにくいです。また、マグネシウムは睡眠ホルモンではないため、概日リズムへの直接的作用はありません。一方メラトニンはマグネシウムのような筋弛緩作用はありませんが、睡眠タイミングを積極的に前倒し/後退させることができます。両者は協調的に働く可能性もあり、睡眠サプリとしてメラトニン+マグネシウム+ビタミンB6といった配合の商品も市販されています。ある報告では、L-テアニン(お茶由来のアミノ酸によるリラックス成分)とマグネシウムを組み合わせると睡眠への有益効果が増強するとの示唆もあり 、複合的アプローチが模索されています。
  • グリシン: グリシンはアミノ酸の一種で、中枢神経において抑制的に働く神経伝達物質でもあります。近年、日本の研究グループにより「睡眠前に3gのグリシンを摂取すると睡眠の質が主観的に改善し、日中の眠気や疲労感が軽減される」という報告がなされ注目を集めました 。グリシンは末梢血管を拡張して深部体温を下げる作用があり、これが入眠を促進すると考えられています。すでに「グリシン3000mg配合」を謳う睡眠サポート食品も市販されています。メラトニンとの比較では、グリシンは作用時間が短く即効的(摂取後すぐ効果)で、睡眠構造そのものには大きな影響を与えないようです。一方メラトニンは作用発現まで1~2時間かかるが、概日リズムの位相を変化させうる点で異なります。両者とも副作用はほぼ報告されておらず、安全に利用できるという共通点があります。
  • L-テアニン: テアニンは緑茶に含まれるアミノ酸で、リラックス効果を高めアルファ波を誘発するとの研究があります。単独で睡眠を劇的に改善するとのエビデンスは強くありませんが、不安を和らげ入眠をスムーズにする効果が期待されます。メラトニンとは直接関係しませんが、カフェインの覚醒作用を打ち消す働きも報告されており、日中の覚醒と夜の睡眠のメリハリをつける補助として利用されることもあります 。メラトニンとの併用で相乗効果があるかは明確ではありませんが、睡眠サプリに配合される例もあります。
  • CBD(カンナビジオール): 大麻由来の成分CBDは近年ストレス緩和や睡眠改善目的で利用が広がっています。研究ではCBDが不安を軽減し眠りを深くする可能性が示唆されていますが 、法的規制や品質の問題もあり注意が必要です。メラトニンとは作用経路が全く異なります(CBDはエンドカンナビノイド系を介し鎮静作用を示すと考えられる)。依存性という点ではメラトニンは皆無であるのに対し、CBDはTHCと異なり依存性は低いとされますが長期影響は未知数です 。日本ではCBDは合法ですがTHCは違法であり、CBD製品にも微量のTHC混入リスクがあるため注意が必要です。メラトニンはその点法規制上安心して使えます(後述の各国規制参照)。

まとめると、メラトニンは他の自然系サプリメントとは作用メカニズムが根本的に異なり、体内時計への直接的アプローチができる点でユニークです。一方、バレリアンやカモミールなどのハーブは穏やかな鎮静をもたらし、睡眠薬よりマイルドに作用するという共通点があります。マグネシウムやグリシンといった栄養素系は、身体のリラクゼーションや生理機能の補助によって睡眠環境を整える役割です。状況に応じてこれらを組み合わせることで、より良い睡眠改善効果が得られる可能性があります。例えば「夜はメラトニンで眠りにつき、朝は高照度光を浴びる」「寝る前にハーブティーでリラックスし、必要なら低容量のメラトニンを補う」といった総合的なアプローチが推奨されます。いずれにせよ、睡眠サプリはいわば**「眠りの下支え」**であり、根本には規則正しい生活リズムや適度な運動、良好な睡眠環境といった基本要素が不可欠であることを忘れてはなりません。

8. 各国における規制と法的側面(日本を含む)

メラトニンの取り扱いは国によって大きく異なります。ある国では薬局やドラッグストアで手軽に買える一方、他の国では医師の処方が無ければ入手できません。ここでは主要な国・地域におけるメラトニンの法的扱いと規制状況について概観し、特に日本での状況に焦点を当てます。

  • アメリカ合衆国: 米国はメラトニンを「栄養補助食品(ダイエタリーサプリメント)」として市販することを認めている代表的な国です。1994年の連邦栄養補助食品健康教育法(DSHEA)により、ビタミンやハーブと同様にメラトニンも食品扱いとなり、医薬品としての厳格な承認なしに販売できます。現在、米国のドラッグストアやスーパーマーケットではメラトニン製品が安価に大量に売られており、睡眠補助サプリメント棚の多くをメラトニンが占めています 。用量や形態のバリエーションも豊富で、1mg以下の低用量から10mg以上の高用量まで、錠剤・カプセル・液体・グミ・スプレーなど多彩な製品があります 。需要の高さもあって品質には玉石混交の面があり、実際に市販品31種類を分析した研究では含有量が表示より-83%〜+478%と大きくばらついていたとの報告があります 。米国消費者はUSPマークなど信頼性の証明されたブランドを選ぶことが推奨されます。法規制面では、FDA(食品医薬品局)はサプリの事前承認は行わないため、企業の自主性に委ねられています。ただし有害事象の報告があれば介入する権限は持っています。
  • カナダ: カナダでも米国同様にメラトニンは処方箋なしで購入可能です。カナダ保健省はメラトニンを**NHP(Natural Health Product)**=天然健康製品として位置づけ、適正な製造と表示を求めています。店頭やオンラインで5mg程度までの製品が一般に販売され、利用者も多くいます 。一方で、用法・用量に関する政府からの注意喚起も行われており、子供への使用や長期連用は避ける旨が示されています。
  • ヨーロッパ(EU諸国): 欧州連合においてはメラトニンは原則として医薬品扱いであり、各国で処方箋が必要です。2007年に欧州医薬品庁(EMA)はメラトニン徐放錠(2mg、商品名サーカディン)を「55歳以上の不眠症(睡眠維持困難)に対する短期治療薬」として承認しました 。以降、各加盟国で医師の処方箋の下にこの製剤が利用可能となっています。また2018年には**小児用徐放メラトニン(PedPRM、商品名スレニト)が自閉症やADHDに伴う不眠症治療薬としてEUで承認されました 。これにより、欧州は世界で初めて小児へのメラトニン製剤を公式に認可した地域となりました。一般的にEUの国々(フランス、ドイツ、イタリア等)では、メラトニンは医師の判断で処方されるものであり、健康食品店等で自由に買うことはできません 。ただし国によって細かな規定に差異があり、例えばイタリアやポーランドでは1mg以下の低用量製品がサプリメントとして販売されているとの情報もあります。しかしこれらも厳密には医薬品と判断されうるグレーゾーンと言えます。イギリスにおいても、メラトニンは処方箋医薬品(POM)**に分類され、店頭販売は許可されていません 。イギリス国民保健サービス(NHS)はメラトニンを短期不眠や時差ぼけに処方する場合がありますが、一般には生活改善をまず指導し、それでも必要な場合のみ専門医が処方する流れです 。イギリスではかつて健康食品店でメラトニンが売られていた時期もありましたが、現在は禁止されています 。EU・UKに共通する理由として、メラトニンがホルモンであり生理活性が強いため、サプリメントとして自由化すると乱用や品質のばらつき等の問題が懸念されたことが挙げられます。欧州当局は医薬品として品質管理された製剤のみを認め、安全な使用を確保しているのです。
  • オーストラリア: オーストラリアでは長らくメラトニンは**Schedule 4(処方箋医薬品)に分類されてきましたが、2021年に規制が一部緩和されました。現在、55歳以上の不眠症患者向けの2mg徐放性メラトニン製剤についてはスケジュール3(薬剤師管理下で購入可能)**となり、薬局で医師の処方なしに購入できるようになっています 。これは中高年の不眠に対し比較的安全な選択肢を提供する狙いがあります。ただし55歳未満の成人や小児に対しては引き続き処方が必要です 。この緩和措置に対し薬剤師からは「適切な助言の下で使用されることが重要」との声があります 。オーストラリア政府は、薬局での販売にあたり用法・用量、禁忌などの情報提供を義務付けています。
  • 日本: 日本において、メラトニンは医薬品成分として位置付けられており、一般のサプリメントとしての製造・販売は認められていません 。厚生労働省の見解では「メラトニンを業として製造・輸入・販売することは薬機法により禁止」されており、違反した場合は無許可医薬品販売として処罰の対象となります 。この背景には、メラトニンが内因性ホルモンで作用が強いこと、および過去にウシ由来メラトニン製剤で狂牛病(BSE)汚染のリスクが問題視された経緯があります 。実際、1990年代後半にはBSE対策として海外からのメラトニン製品輸入が厳しく規制されました。現在ではメラトニン原料は化学合成品が主流でBSEの心配はありませんが、日本の規制は依然厳格です。そのため、日本国内でメラトニンを利用したい場合、方法は2つあります。(1)医師の処方を受けて輸入医薬品(例えば米国製のメラトニン錠など)を調剤薬局経由で入手する。(2)個人輸入として海外から自己使用目的で取り寄せる 。後者については、日本の個人輸入制度上、1回あたり2ヶ月分以内の用量であれば自己使用目的に限り認められています 。例えば個人が海外の通販でメラトニンを購入し自宅に取り寄せること自体は違法ではありません。しかしそれを他人に譲渡したり販売したりすれば法律違反となります。また日本の医療現場では、**「メラトニン製剤=ロゼレム(ラメルテオン)」**が認知されています。ラメルテオン(商品名ロゼレム)はメラトニンMT1/MT2受容体作動薬で、日本で2010年に不眠症治療薬として承認されました。これはメラトニンと作用機序が同じであり、実質的にメラトニンの代替として処方されています。メラトニンそのものも一部の睡眠専門クリニック等で医師の裁量で処方される場合がありますが(未承認薬の個人輸入処方という形)、公的医療保険の適用はありません。日本オーソモレキュラー医学会など統合医療の分野では、「日本ではメラトニンなどホルモン補充サプリは製造・販売が禁止されているため、使用するには医師処方または個人輸入が必要」と周知されています 。これはDHEAなど他のホルモンサプリも同様です。
  • 中国・アジア: 中国ではメラトニンは**保健食品(Health Food)**の原料として認可されており、市場に多くの製品があります。中国国家市場監督管理総局(SAMR)は2021年にメラトニン、コエンザイムQ10、フィッシュオイルなど5成分を新たに保健食品原料リストに追加する通知を出しました 。これにより、国内企業は一定の基準の下でメラトニン含有健康食品を製造・販売できます。実際、中国のドラッグストアやオンラインショップでは「褪黑素」(メラトニンの中国語名)錠剤やグミが数多く販売され、人気商品となっています。一方で、中国にも偽造品や過剰宣伝の問題があり、当局は国家標準の整備(保健食品中のメラトニン定量法の標準など)を進めています 。アジア他国では、韓国や台湾でも基本的にメラトニンは医薬品扱いですが、一部緩和策が検討中との情報もあります。インドや東南アジア諸国では入手が容易な場合もあるなど、状況は様々です。

以上から、メラトニンの規制は**「国ごとの医薬品・サプリメントの定義や安全政策によって大きく左右される」ことがわかります。アメリカや中国のように自由化している国では利用者も多く市場も大きい反面、製品品質のバラつきや自己判断での乱用の問題があります。ヨーロッパや日本のように規制が厳しい国では、品質管理と安全確保はしやすいものの入手のハードルが高く、消費者の選択肢が限られます。日本の場合、安全性が比較的高いメラトニンであっても一律にサプリ不可としているため、市民は自己責任で個人輸入するしかないという状況です。このため日本から米国のサプリ通販でメラトニンを購入する人も多く、一種のグレーゾーンとなっています。しかし日本政府は近年、健康食品と医薬品の境界見直しを進めており、将来的にメラトニンが条件付きでサプリ認可される可能性もゼロではありません 。いずれにせよ、現時点では日本では「メラトニン=医師の処方薬」**であることを認識し、個人輸入で用いる場合も自己責任と十分な情報収集の下で行う必要があります。

研究著者

本稿は、以下の3名の独立研究者による共同研究と執筆の成果です。

  • 大澤 拓也(睡眠医科学 専門)
  • 中野 智子(分子生物学 専門)
  • アレクサンドロス 林(栄養免疫学 専門)

私たちは、それぞれ異なる分野の知見を組み合わせ、メラトニンに関する包括的な分析を行いました。引き続き研究を進め、今後も新たな知見の共有に努めたいと考えております。本稿が、多くの方々の睡眠と健康維持にお役立ちできれば幸いです。

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